永泉寺:〒444−0061 愛知県岡崎市能見町217番地 (0564)22−8832
  
  K寺のお葬式の手伝いにあがる。
驚いたことに式場に着いて エレベーターに乗ろうと待っている人たちが若い女性ばかりだ。
普段ならラッキーと鼻の下を長くしてにやけていたであろうが
場所が場所だけにいやな予感に襲われる。
無理に違う葬家の関係者だろうと予測するが同じフロアーでグループは降りられた。
不安が募る。
お願いだから最悪の胸騒ぎは外れて欲しい。
学生時代の恩師 会社の上司で、あって欲しい。で、あるべきだ。
いくら葬儀のプロだといっても和尚より若い人の葬儀は苦手だ。
やだなーと思いながら 控え室に入る。
「若い女性が多いんだけど」
「29歳になったばかりの 奥さん」
声も出ない。心から冥福を祈った。

「永泉寺さん 念誦をお願いします。」

{念誦とは回向文を読んだり 経典名を誦す役目のお坊さんのこと}
「はい」と返事をしたが心の中は 「最悪」
式は滞りなく進んで いよいよ親族の焼香だ。
喪主である若いご主人が 三つぐらいの かわいいい女の子を抱いて焼香される。
「気の毒だなー」 最愛の人を喪った人の悲しみが 和尚にも伝わる。
目頭が少し熱くなる。読んでいるお経が少し鼻ずまりになる。

「ママ ねんね?。 ママねんね?」
抱き上げられた女の子が 突然ご主人に問いかける。
気丈夫に振舞ってみえたのであろうが幼いわが子の問に ついに堪えられなくなった。
 「わーっ」ご主人はより一層強くその女の子を抱きしめ声にならない声で まさに慟哭される。
会場全体が 涙に包まれる。
「パパ ナイタリシタラ ママ二 ワラワレマシュョ」
ご主人は 「そうだね そうだね」といいながら 
涙をいっぱい目にあふれさせ でもしっかりと笑顔を子供にむけながら焼香壇をあとにされた。

まずい こんな光景を見たら誰でも声がつまる。まして今日の葬儀の念誦は和尚である。声を大きく一人で出すお役だ。今日だけは泣いていられない。

なんとかしなきゃー 必死で 気分を変えようと 視線を替えてみるがどこを見ても若い女性の泣き顔ばかりだ。さらにもらい泣きしそうだ。
お役だからと強く自分に言い聞かせた。「うん なんとか堪えきれそうだ。」
その時である ご主人と一緒にいたはずのその女の子がまた一人で焼香壇にあがってきた。
可愛い女の子だ。この先この子が背負わなければならないーーーー
いや今夜から この子はお母さんなしで眠れるだろうか っと思った瞬間 この子と 目があった。
ひたすら元気で明るくと願いながら 笑顔を向けると、その子は和尚の前に立ち止まりお母さんの納められた棺をゆびさしながら
「ママ ねんね ママねんね」

和尚はその後の記憶がない。
まだまだ修行が足りない。



なんとなく坊主になる。
しかたなく和尚になる。
これだけは絶対いやだと思っていた。
 1円でも高く売りたい。1円でもコストを下げたい。
よそよりも多く売れるものを作りたい。
作り笑顔と声高の交渉の毎日に疑問を感じさせたの
は、
韓国のあるニットメーカーの社長の一言だった。

「スミサン。私達家族ハ、明朝、教会ニ参リマスノデ
 商談ノ時間トレマセン。」

「何考えてるの!今、日本じゃこのセーターが2万円で
 売れてるの!1月からのバーゲンで5000円で
 売ったらバカ売れよ!スーパーD、Yスーパーのバイヤー
 
もみんな大乗気だよ。」
「5万枚はいくよ。目付け下げりゃコストなんとか
 なるでしょう。冬物のセーターの編みたても、どこの工場も
 終わってんでしょ!まわしたらいいじゃん」
「余った糸買い集めて作りゃいいじゃん」

 目の前に置いた見るからにあったかそうな
しかもなんとなく上品な有名メーカーのセーターを手に
まくしたてる私に電話先の
社長は静かに、しかも
はっきりとこう答えた。「ミアンハムニダ(申し訳ありません)」
折角3連休をつぶして日本からわざわざ来たのに。
欲がないのかこの連中は!
もうけより神さんか。この国の空気にはキムチの原素が
 含まれている。そのニオイまでが鼻につきあげそうだ。
「コピー得意でしょ」「売れるのに何考えてんの?」
「シクサ(食事)?いらねーよ、電話貸して。もう1軒
 まわるから」

週明けの各社との商談に間に合わせたかったのに。
各社の
バイヤーの失望の顔が浮かぶ。

「対応能力ねーな御社は」といわれそうだ。
とにかく忙しかった。忙しい事が評価だと思っていた。
もうける事が勲章だった。作れば売れた時代だった。
こんな毎日の中、カミさんが体調をくずし、カミさん
仕事とまかせきっていた朝の佛さまと神さまのお世話を
私が代ってすることになった。
分刻みの出勤前のリズムを変えず佛さまや神さまのお世話は

無理だ。いままでより30分早起きが課せられた。

「なんでこんな事を!」不満だらけであったが、やがて
家族の今日一日の幸せを祈る事は、そんなに悪いものではないと
感じはじめた。むしろ、おまいりしない事があると、何か起こるのではないかと
不安にもなった。遂にどんなに遅く帰っても、今日一日の無事を
感謝する為、灯明と線香に火をつけた。
出張先のビジネスホテルのベッドの上でも必ず手をあわせた。
そんな時、阪神淡路大震災が起こった。この時ははじめて、見知らぬ
人の為に手をあわせた。何にもできなかったが、佛様の
前で素直に
他人の幸せを祈った。

でも一歩、佛様の前をはなれると自分の(会社の)もうけに一喜一憂した。
それでも以前とは少し違っていた。商談の待ち時間と
移動の電車の中で手をあわせ、自分の幸せを祈った。商談の成功を
祈った。効き目があるような気がした。
そんなある時、
会社の会長の奥様が亡くなられた。弔問の
取引先の人達の為に誘導灯を振りながら、亡くなった人を
幸せにする方法が知りたいと思った。
師匠に供養の仕方をはじめて
聞いた。やがて、
本物の祈りが知りたいと思い、
会社に辞表を出した。


手をあわせ 静かな気持で おちついて「最近、家の中のゴタゴタ続きは義父のまつり抜けが原因か」
T様から先祖供養の依頼。
Tさんの御主人は一流企業に勤めるスポーツマン。
御子息もともに有名会社の社員さん。
はたから見れば、苦労しらずの幸せいっぱいの専業主婦。
ありがとう
「あんたちのゴタゴタなんて、ひとさまから見ればただの欲張り」
と思ったが、貧乏寺のひま持てあまし気味の和尚さん。
御要望の日時にていねいにお勤めをする。
数日をまたず、Tさんより「和尚さんのお経のお陰でゴタゴタが
一つずつ解消」
との新米坊主にはうれしい「ありがとう」の電話。
日頃より見えないもの(佛様を含め、あらゆるものの力)の存在を信じ、
すべての親は子供達の幸せのみを祈ると確信している坊主にとっては、先祖供養の発願施主、
Tさんに御先祖の御加護があるのは、予測の範囲内。
当然とは思ったが、おっさんのすすめた通り、佛壇に花をそなえ、食卓にも玄関にも家中に花を飾ったTさん素直な心が、

問題解決の一番の要因であったかと思う。
永泉寺歴代住職15人のうち一番高齢で58才で住職になったおっさんしゅんさいにとって、お檀家様や供養の施主の感謝の言葉は一番勇気づけられる。
どんどん木に登ってしまいそうだ。
 
「あんたのふくれ面が家中を暗くする」って色紙を書こうと思ったが、
「あんたの笑顔が家中を明るくする」
この言葉を書いてTさんに贈る。

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永代供養墓のお地蔵さん
永泉寺のおっさん、しゅんさいです。
このコーナーは、私の日常生活の中で
感じたことを不定期にかいていきます。
どうぞごらんください。
ご意見やご感想もお待ちしています。
おっさんへのメールは
「お問い合わせ」よりどうぞ。
 
千羽の鶴
「この千羽鶴は 主人の病室に飾ったものです。
 紙くずとしては捨てられなくて」

昨年ご主人を亡くされた AIさんの奥様が式後何月かたったある日
大きな紙袋にいれた色とりどりの ご家族の思いが込められた
千羽鶴を お寺に持参された。

「彼の右足を切断してもこの秋までもつかどうか
 ただこのままなにもしないよりは 生存の確率は少しは高められるでしょう。
 ただ術後の患者の負担を考えると担当医としては
 本人の意向を第一に考えますが無理にどうしてもとはお勧めできません。」


おすそわけとおもいやり その秋予定されている彼の子供の結婚を前に
 彼と彼の家族は重い決断を迫られた。
 「治っても皆に負担を掛けるなあ」と彼。
 「痛い思いだけさせてもしもの場合」と家族の思い。
 「最期に親父の喜ぶ顔が見たい」と思う息子。
 「結婚衣裳だけでも見ていただければ」
 「私たちのために 負担は掛けられない」と 許婚。
ご家族の話し合いは何時間も何日も答えの出ないまま繰り返されたと言う。
結論のでない何回かの話し合いの夜
奥様の手がおいてあったチラシで鶴を折り始められた。
引き込まれるように 許婚もだまったままチラシで大きな鶴を折り始めた。
「なんだよ 急に折り紙なんか初めて」と言いながら
不器用な手つきで息子も鶴を折り始めた。
「きっと良くなるさ。今までだってなんども
 危ない時あったんだから」

返事はなかったが答えは鶴を折る家族の手が物語っていたと言う。
結婚式のときは見違えるほどお元気だったご主人も
その3ヵ月後 帰らぬ人となった。

病室に飾られた千羽鶴を眺めては
「母さん あの鶴は 大根を咥えているよ。
 あの鶴の羽にデザインショ−ツ 500円って書いてあるよ。」

大笑いされたご主人の顔が昨日のことのように思い出されるという。

いつか奥様にお迎えが来た時 一緒にお持ちになるのが1ばん。
この千羽の鶴がきっとご主人のところへ奥様を
まっすぐに運んでくれますよ
きっと運んでくれる
運んでくれるようひたすら今から祈った。

泣き虫坊主(No.2)11月のお月経の案内に描いた絵です。
余程、他のお坊様達が忙しかったのか。
余程、頼みづらい事情があったのか。
葬儀社から初めて、檀家以外の人の葬式を頼まれた。
お葬式の少ない時の、しかも新米坊主には、小躍りしたくなるような
大事件だ。やっと和尚もこの業界で認知され、
これからはどんどんこういう依頼が殺到する。
永泉寺もやっと貧乏寺におさらばだ。
「やるぞー!」勇んで出掛けたが、後にも先にもこれ1回。
どうやら先方のメガネにかなわなかったのかもしれない。
でもそんな事どうでも良い。この葬儀は忘れられない。
ハタチそこそこの若い担当者は、売上が小さく気力が失せたのだろう。
「うちでは20万くらいが最低で」それ以下ならよそでやってよと、と云わんばかり。
ホトケのつとめる会社の同僚のおばちゃん達はやっかいな事に巻き込まれたという顔で
「親一人、娘一人の母子家庭だから、そんなに払えるかしら」
「それにお坊様へのお布施もいるし」
「親戚は?
「絶縁状態だったみたいよ。遠くには見えるみたいだけど、どんな人達とも聞いてないから」
「娘さんの父親は?今後のこともあるし、こんな時だから助けてくれないの?」
「和尚さん。あの娘の顔見てくれたらわかると思うけど、○○国の人みたい。」
「今は、どこにいるのかもわかってないみたい。」
「娘さんは?」
「あの娘よ。」
視線の先に確かに目鼻立ちのはっきりした、
少し色黒の、だけどもまさに放心状態の美しい娘。
こりゃ大変だね、永泉寺に廻ってきた訳が今はっきりする。
逃げ出したい気持ちになる。でもここで断ったら2度と葬式こないだろ。
「よしわかった、祭壇は本尊様と写真と花だけ。あとなし」
「これで安くできるでしょう」
あの娘の母親ならきっと美しい人。花だけで充分。
「お布施?」床にペタッと坐りこんだままぴくともしない。だけど
美しい娘さんの顔を思い出しながら、
「1000円。これ以下ならやらないし、これ以上1円もいらない!」

かくして葬儀は始まり、和尚も精一杯ホトケの成佛を祈った。
通夜、本葬の間、娘はささえられやっと立っていられるという状態で
一言も発することはなかった。
やがて、ごくごく少人数による火葬の立合いとなった。
いよいよホトケが釜に入れられるその時、放心状態であったはずの娘が母親の棺に抱きついた。


「やだよー。やだよ。母さん!いっちゃいやだ」
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………………………………………………………………
絶叫する娘を和尚は抱きかかえ、やっとの思いでホールの奥まで連れて行った。
すぐに係員により何事もなかったかのように釜の扉がしめられた。
広いホールの片隅で、和尚とその娘は抱き合って泣いた。
「母さんはおっさんがきちっと天国へ送ってあげたから。」
「母さんの分だけ幸せになろう」
「君が幸せにならなきゃ母さんがうかばれないよ」

わけのわからないことをいいながら。
だんだん娘の泣き方が小さくなった。やがて私の腕の中で意識をなくしていた。
心配していた親族もやっと到着し、娘を親族に引き渡した。
翌日、親族とともに寺にあいさつに来た娘は、顔色は悪かったが
目の大きな美しい娘だった。おばが引き取って育てるとのこと。
良かった。でも少し、残念だった。お寺で面倒見てあげたいと
カミさんに話したぐらいだから。
「元気でね」
「ハイ。和尚さんの衣についたお線香のにおい、素敵だった。私一生忘れない」
「バカ、そんなこといいから母さんの分まで幸せになるんだよ!」
お母さん
を成佛させ得たかどうか私にはわからないが
この娘を少しだけ元気付けられた事に
和尚さんのつとめは果たせたかと思う。
それは衣にしみこんだお香のにおいのせいだったのかもしれない。


泣き虫坊主(No.1)
38才の母親を病気で亡くした小学4年のその少女は、通夜・葬儀
続く一連の法要の間、決してひとにを見せることはなかった。
通夜に参列した母親知人達も、その少女友人達も泣かまいと
する少女のいたいけな姿にした。その少女の通う小学校の担任も
母親を亡くした子供にしては、らしくないと感じたが
母親の死をまだ実感し得てないのだろうと、その少女の幼さに
した。義理の祖母は「なんて薄情な娘だろう」と驚いたが
すぐに「連れ合いを亡くした実の息子のあわれさ」にした。
3つ年上の泣きじゃくると、を見せまいとずっとうつむく少女
姿は、その場に参列した者全員にちょっとしたとまどいをいだかせたが、
この子供達がこれからになわなければならない淋しさを想い、
全員した。
通夜・葬儀の間、すすり泣きの声は絶えることはなかった。

実は私は枕経の最中、目を真っ赤にはらし、をいっぱい
ためた少女と目が合った。うかつにもその瞬間、
腹の底からこみ上げ、期せずしてお経がつまった。
必死に声を絞り上げたが、はずかしい事に涙声になった。
「ごまかさなきゃ」声をさらに張りあげたが、涙声枕経の間、
ずーっと続いた。をいっぱいためたその少女を思い出さない
よう、さらに大声で読経し、その少女から意識して目を
そらした。それでも何度か声がつまったが、お坊さんが
泣いたと云われなく、一連の法要は終わったような気がした。

やがて、親族だけの火葬となった。
「最後のお別れです。」係員の言葉で一同が棺のまわりに
近づいた時、突然その少女が棺の中に入り込み、花につつまれ
眠る母親にほおずりしながら抱きついた。

「ママ、泣かなかったよ。」
「ママ、泣かなかったよ。」
「約束通り泣かなかったよ。」
「ママ言ったじゃない。約束守ったら、ママ元気になるって」


誰もその少女を止めることは出来なかった。
全員がただした。
やがて係員にうながされ、親族により抱き起こされた少女
遠く釜から引き離されたがその少女泣き声はいつまでも
大きくひびいていた。
その時である。引き離されまいとするように少女に向かって母親の
手が動いた。我が子を決してはなさまいと、はっきりした意思で
手が上がったような気がした。
だらしない事に、また和尚のお経がつまった。
「この母親だけはどんな事があっても成佛させるぞ」
「そしてこの
だけは守って」

心の底から祈った。そしてが止まった。

毎月のお月まいりには、その少女が待っていた。
おすそわけとおもいやりママは必ず元気になると必死で涙をこらえきった少女
泣き虫坊主はウマがあった。一緒にお経を読んだ。
色んな事話してくれた。あれもこれもと。
母親も一緒に聞いてくれるような気がした。

いつかこの少女がお嫁に行く時、火葬場で見た事を
話そう
と思っている。
「君のお母様は最後まで君を抱き続けていたかったんだよ」と。

和尚さんにはなしで話せるか、少々不安である。


平成17年9月30日いまいまいま 佛の道を いま歩く。
いつものように、朝課(朝のお経のおつとめ)の為、本堂の窓を全開。
昨日までとは全く違うキリッとした空気がダラダラとした体に少しばかり気合を入れる。
背中と肩がブルッと震える。
ひょっとすると……
いや、ひょっとしなくても、もう秋。今年も残りあと少々。
やらなきゃいけないことが次から次へ浮かんで消える。
 この心境……そうだ子供の時、ツクツク法師の鳴き声が
ほとんど手つかずの宿題を思い出させた8月下旬と同じゆううつな気分。
やかましく云われつづけている建具の交換(夏用から冬用への)
衣替えの準備、フトンの入替等々
の課題が山積み。
それに今日は月末だから、永代供養塔でのお経、
遠方の御夫人から電話にて依頼された先祖供養のおつとめ、
明日、水子供養の為に来寺される御夫婦の為の本堂のそうじ、
元気なかおもなつかしい顔もかえってこい。
花のとりかえ、
この若い御夫婦をどんな風になぐさめてあげたらいのか等々。
とりあえず、せっぱつまったものから順番をつけて、
と。

そうだ来年のカレンダーの印刷依頼、年賀状の申し込みもある。
カレンダーは今年と同じパターンにすれば、2週間ぐらいですり上るだろう。
 その間に描く絵と文句をきめて、それから毎日3枚ぐらい書いてゆけば……
 それじゃ間に合わない!5枚ずつ描くとして年内に450枚。450枚の発注だ。   
わーっ!どれもこれもっ!と思っていたら、
挙経(これから読むお経の題目を語尾を微妙に変化させながら唱える)
間違えてしまった。「佛様ゴメンナサイ」と木魚のかわりに自分の頭をゴツン。 
おつとめの終り頃、妻が大きなボールに栗をいっぱい入れて
「すごいでしょう、こんなに採れたのよ」御本尊様に供える。
目で「ウン」といいながら、いよいよ秋を自覚、いや味覚する。

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