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千羽の鶴
「この千羽鶴は 主人の病室に飾ったものです。紙くずとしては捨てられなくて」 昨年ご主人を亡くされた AIさんの奥様が式後何月かたったある日 大きな紙袋にいれた色とりどりの ご家族の思いが込められた 千羽鶴を お寺に持参された。 「彼の右足を切断してもこの秋までもつかどうか ただこのままなにもしないよりは 生存の確率は少しは高められるでしょう。 ただ術後の患者の負担を考えると担当医としては 本人の意向を第一に考えますが無理にどうしてもとはお勧めできません。」 その秋予定されている彼の子供の結婚を前に彼と彼の家族は重い決断を迫られた。 「治っても皆に負担を掛けるなあ」と彼。 「痛い思いだけさせてもしもの場合」と家族の思い。 「最期に親父の喜ぶ顔が見たい」と思う息子。 「結婚衣裳だけでも見ていただければ」 「私たちのために 負担は掛けられない」と 許婚。 ご家族の話し合いは何時間も何日も答えの出ないまま繰り返されたと言う。 結論のでない何回かの話し合いの夜 奥様の手がおいてあったチラシで鶴を折り始められた。 引き込まれるように 許婚もだまったままチラシで大きな鶴を折り始めた。 「なんだよ 急に折り紙なんか初めて」と言いながら 不器用な手つきで息子も鶴を折り始めた。 「きっと良くなるさ。今までだってなんども 危ない時あったんだから」 返事はなかったが答えは鶴を折る家族の手が物語っていたと言う。 結婚式のときは見違えるほどお元気だったご主人も その3ヵ月後 帰らぬ人となった。 病室に飾られた千羽鶴を眺めては「母さん あの鶴は 大根を咥えているよ。 あの鶴の羽にデザインショ−ツ 500円って書いてあるよ。」 大笑いされたご主人の顔が昨日のことのように思い出されるという。 いつか奥様にお迎えが来た時 一緒にお持ちになるのが1ばん。 この千羽の鶴がきっとご主人のところへ奥様を まっすぐに運んでくれますよ きっと運んでくれる 運んでくれるようひたすら今から祈った。 泣き虫坊主(No.2) ![]() 余程、他のお坊様達が忙しかったのか。 余程、頼みづらい事情があったのか。 葬儀社から初めて、檀家以外の人の葬式を頼まれた。 お葬式の少ない時の、しかも新米坊主には、小躍りしたくなるような 大事件だ。やっと和尚もこの業界で認知され、 これからはどんどんこういう依頼が殺到する。 永泉寺もやっと貧乏寺におさらばだ。 「やるぞー!」勇んで出掛けたが、後にも先にもこれ1回。 どうやら先方のメガネにかなわなかったのかもしれない。 でもそんな事どうでも良い。この葬儀は忘れられない。 ハタチそこそこの若い担当者は、売上が小さく気力が失せたのだろう。 「うちでは20万くらいが最低で」それ以下ならよそでやってよと、と云わんばかり。 ホトケのつとめる会社の同僚のおばちゃん達はやっかいな事に巻き込まれたという顔で 「親一人、娘一人の母子家庭だから、そんなに払えるかしら」 「それにお坊様へのお布施もいるし」 「親戚は?」 「絶縁状態だったみたいよ。遠くには見えるみたいだけど、どんな人達とも聞いてないから」 「娘さんの父親は?今後のこともあるし、こんな時だから助けてくれないの?」 「和尚さん。あの娘の顔見てくれたらわかると思うけど、○○国の人みたい。」 ![]() 「今は、どこにいるのかもわかってないみたい。」 「娘さんは?」 「あの娘よ。」 視線の先に確かに目鼻立ちのはっきりした、 少し色黒の、だけどもまさに放心状態の美しい娘。 こりゃ大変だね、永泉寺に廻ってきた訳が今はっきりする。 逃げ出したい気持ちになる。でもここで断ったら2度と葬式こないだろ。 「よしわかった、祭壇は本尊様と写真と花だけ。あとなし」 「これで安くできるでしょう」あの娘の母親ならきっと美しい人。花だけで充分。 「お布施?」床にペタッと坐りこんだままぴくともしない。だけど 美しい娘さんの顔を思い出しながら、 「1000円。これ以下ならやらないし、これ以上1円もいらない!」 かくして葬儀は始まり、和尚も精一杯ホトケの成佛を祈った。通夜、本葬の間、娘はささえられやっと立っていられるという状態で 一言も発することはなかった。 やがて、ごくごく少人数による火葬の立合いとなった。 いよいよホトケが釜に入れられるその時、放心状態であったはずの娘が母親の棺に抱きついた。 「やだよー。やだよ。母さん!いっちゃいやだ」 ……………………………………………………………… ……………………………………………………………… ……………………………………………………………… 絶叫する娘を和尚は抱きかかえ、やっとの思いでホールの奥まで連れて行った。 すぐに係員により何事もなかったかのように釜の扉がしめられた。 広いホールの片隅で、和尚とその娘は抱き合って泣いた。
「母さんはおっさんがきちっと天国へ送ってあげたから。」 「母さんの分だけ幸せになろう」 「君が幸せにならなきゃ母さんがうかばれないよ」 わけのわからないことをいいながら。 だんだん娘の泣き方が小さくなった。やがて私の腕の中で意識をなくしていた。 心配していた親族もやっと到着し、娘を親族に引き渡した。 翌日、親族とともに寺にあいさつに来た娘は、顔色は悪かったが 目の大きな美しい娘だった。おばが引き取って育てるとのこと。 良かった。でも少し、残念だった。お寺で面倒見てあげたいと カミさんに話したぐらいだから。 「元気でね」 「ハイ。和尚さんの衣についたお線香のにおい、素敵だった。私一生忘れない」 「バカ、そんなこといいから母さんの分まで幸せになるんだよ!」 お母さんを成佛させ得たかどうか私にはわからないが この娘を少しだけ元気付けられた事に 和尚さんのつとめは果たせたかと思う。 それは衣にしみこんだお香のにおいのせいだったのかもしれない。 泣き虫坊主(No.1) ![]() 38才の母親を病気で亡くした小学4年のその少女は、通夜・葬儀と 続く一連の法要の間、決してひとに涙を見せることはなかった。 通夜に参列した母親の知人達も、その少女の友人達も泣かまいと する少女のいたいけな姿に涙した。その少女の通う小学校の担任も 母親を亡くした子供にしては、らしくないと感じたが 母親の死をまだ実感し得てないのだろうと、その少女の幼さに 涙した。義理の祖母は「なんて薄情な娘だろう」と驚いたが すぐに「連れ合いを亡くした実の息子のあわれさ」に涙した。 3つ年上の泣きじゃくる兄と、涙を見せまいとずっとうつむく少女の 姿は、その場に参列した者全員にちょっとしたとまどいをいだかせたが、 この子供達がこれからになわなければならない淋しさを想い、 全員が涙した。 通夜・葬儀の間、すすり泣きの声は絶えることはなかった。 実は私は枕経の最中、目を真っ赤にはらし、涙をいっぱいためた少女と目が合った。うかつにもその瞬間、涙が 腹の底からこみ上げ、期せずしてお経がつまった。 必死に声を絞り上げたが、はずかしい事に涙声になった。 「ごまかさなきゃ」声をさらに張りあげたが、涙声は枕経の間、 ずーっと続いた。涙をいっぱいためたその少女を思い出さない よう、さらに大声で読経し、その少女から意識して目を そらした。それでも何度か声がつまったが、お坊さんが 泣いたと云われなく、一連の法要は終わったような気がした。 やがて、親族だけの火葬となった。 「最後のお別れです。」係員の言葉で一同が棺のまわりに 近づいた時、突然その少女が棺の中に入り込み、花につつまれ 眠る母親にほおずりしながら抱きついた。 「ママ、泣かなかったよ。」 「ママ、泣かなかったよ。」 「約束通り泣かなかったよ。」 「ママ言ったじゃない。約束守ったら、ママ元気になるって」 ![]() 誰もその少女を止めることは出来なかった。 全員がただ涙した。 やがて係員にうながされ、親族により抱き起こされた少女は 遠く釜から引き離されたがその少女の泣き声はいつまでも 大きくひびいていた。 その時である。引き離されまいとするように少女に向かって母親の 手が動いた。我が子を決してはなさまいと、はっきりした意思で 手が上がったような気がした。 だらしない事に、また和尚のお経がつまった。 「この母親だけはどんな事があっても成佛させるぞ」 「そしてこの娘だけは守って」 心の底から祈った。そして涙が止まった。 毎月のお月まいりには、その少女が待っていた。 ママは必ず元気になると必死で涙をこらえきった少女と泣き虫坊主はウマがあった。一緒にお経を読んだ。 色んな事話してくれた。あれもこれもと。 母親も一緒に聞いてくれるような気がした。 いつかこの少女がお嫁に行く時、火葬場で見た事を 話そうと思っている。 「君のお母様は最後まで君を抱き続けていたかったんだよ」と。 和尚さんには涙なしで話せるか、少々不安である。
平成17年9月30日 |